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「家庭内密」からの贈り物

かれこれ3ヶ月になろうとしている外出自粛生活。

それぞれの家庭に強制的に非日常がもたらされ、様々な困難があったのではないでしょうか。
我が家にも色々ありました。
色々の一つは「家庭内密」によって浮き彫りになった家族間の人間関係です。
我が家は大人3人、子供2人の5人家族。
フルタイムで全員集合となった日には、家がグッと狭く感じます。

そんなタイミングで出逢った素敵なブログがあります。

このブロガーは私とは20年来の旧友で、彼女に二年前に会った時に「コーチング」をしていると言っていたのを思いだし、私自身のセラピー+コーチングをお願いしてみました。
この1ヶ月の間、彼女のコーチングを通して私にもたらされた恩恵は計り知れないほど大きなものでした。
「コロナ事変は巡り巡って人類にとってプラスとなるはずだ」と信じている私に、
そのプラスの第一波がやってきたのだと思っています。
彼女の教えてくれた事は多岐に渡り、大変エキサイティングな内容でした。
その中からとりあえず今できそうな、手応えのあることをやってみました
何をしたのかというと、信念(観念)の書き換え作業でした。

毎日こんな風に心の中で言っていました。
「〇〇〇〇でも大丈夫、OK、何の問題もない。」
〇〇〇〇には様々なことを入れていきます。
例えば、
「役に立つ人間になるために努力しなかったとしても大丈夫、OK、何の問題もない」
「自分のアピールのためにみっともない画策をしても、大丈夫、OK、何の問題もない」
「楽しいことばかりやって義務を疎かにしても大丈夫、OK、何の問題もない」
「感情的になって怒っても大丈夫、OK、何の問題もない」
「お財布を考えないで衝動的な買い物をしても大丈夫、OK、何の問題もない」

などなど、ネタには限りがありません(笑)。笑ってしまう内容ばかりです。
〇〇〇〇に入れる言葉はすべて、私が培ってきた大切な価値観に基づいています。
自分が自分自身に推奨している価値観は、私の証明書のようなものではないかと思います。
「向上心や努力はとても大切」
「自己実現には幸せの鍵がある」
「感謝は無理にしようとするものではなくて、湧き上がってくる気持ちだ」
「生まれたからには何か社会に貢献したい」
「人から良く見られるためにやる行為は好きじゃない」
「ワクワクする感覚を大切にしよう」
など。
ところが、自分の価値基準は人生を支える大切なものでもあると同時に、自分自身を沢山のタブーで束縛し、無自覚に自分を責めているばかりでなく、他人を批判する元にもなっているということらしいのです。
確かにそうですね、自分が戒めていることを人がやっているとイヤな気分ですものね。
つまり、
「私は自分で作ったタブーで自分と他人を裁いて、大変に気分を害している。」
ようなのです。
自分で作ったルールに自分が縛られている。
これでは独り芝居じゃないか!

そして驚くべきことに(私自身も薄々気づいていることでもあるが)
「宇宙は完璧であり、善悪の価値観を超越している。」
これは大きな視点から見たときには真実だ、と展開してゆきます。
かなり強引ですが、
だから、
「すべての人に自由な体験が許されている」
「〇〇〇〇でも大丈夫、OK、何の問題もない。」
なのでした。
(話が飛躍し過ぎで、ここでは全く説明不足ですが・・・)

ともあれ、この調子でしばらく「信念の書き換え作業」をしたら、
一言で言うと、何とも、気が抜けました。
そして、気持ちが軽くなり、心が明るい空に抜けていくような気がしました。
これは張り詰めている私の気持ちを緩めて、相手への許容量を増やすための試みで、効果はバッチリでした。
彼女のコーチングを受けてみて、本当によかったと思っています。


今日はピアノの話を一言も書いていないので、最後はピアノの話をしたいと思います。
さっきの話の通り「宇宙は完璧」です。
できることが、できないことより素晴らしいということも無ければ、
何事にも、成功も失敗もありません。
ピアノにおいて大切なことは、上手とか下手ではなく、
楽しいかどうか。
気持ちよいかどうか。
ですね。
そこを忘れないでレッスンを進めたいと思いました。

ピアノには練習が必要なので、練習そのものを「快」にしたい。
練習の果てには、必ず「自由」がやってくると信じさえすれば、、と。
いつもの私の理論ですね。

私自身が練習が大好きだから。
どうして好きかというと、必ず弾きやすくなるし、必ず楽しく弾けるようになるし、
成功率100%だから。
それに対する信頼が揺るぎないから。

それを伝えられるようなレッスンが目標です。
すべてのステップが、安全な道であり、必ず目的地に着くことを知って歩ける。
そんな練習方法を紹介してゆける先生でありたいです。

 

 

立川市 ピアノ教室ソラージュ