· 

「信頼」について

今日もここへ遊びに来てくださり、ありがとうございます。

私がこのブログを書くとき、テーマは何にせよ、読んでくださる人が元気になるような内容にしようと心に決めています。

そして・・・・読み返してみると。

なんと、まぁ!

同じような内容がズラリと並んでいるではありませんか。

これしかネタないの?と恥ずかしい気がしますが、読み返すと我ながら「うん、うん、その通りじゃ」と思うような本音と誠意とが込められているのです。

ですから悪しからず、これでヨシとすることにいたします。

改めて、今日も懲りずに来てくださり、誠にありがとうございます。

 

小6の娘はいわゆる思春期にさしかかって色々な悩みをもつようになりました。

友達との関係、先生のあり方、恋愛のこと、自分の個性への関心、勉強や運動の能力差のこと、容姿のこと。

まだまだ色々と私に話してくれるので親としては密かに嬉しく感じながら聴かせてもらっています。

「若い頃にはこんなことを悩むものだ、私もそうだった!」

「そりゃツライよねぇ、誰が悪いわけでもないんだけど、切ないよねぇ」

「悔しかったね」

「残念だったね」

娘の悩みはそれなりに聞き応えがあり、共感を抱く内容だったりします。

でも「ふ~ん、へえ~、あららら~」と気楽を装って聴いている私です。

と同時に、頭の中はフル回転でアドバイスを必死に探しています。

この時期の人間形成は一生を左右するな!と感じるからです。

 

 

このブログのネタと同じく、私のアドバイスは、いつも意味合いが同じなのかもしれません。

つい先日のこと、私の渾身のアドバイスの直後、娘は言いました。

「ハイハイ、ハイハイ。」

「・・・・・・。」

 

きっといつも大筋は同じことを言うのでしょう。

「遠くを探さずに、目の前にある幸せを見つけて存分に楽しみなさい」

「他人からどう見えるかではなく、自分がどうしたいかが大切。」

「不愉快なことはなるべく考えないで、好きなことや嬉しいことを考えた方がいい」

まるでこのブログで書いていることですね!

 

約半世紀の実感として「人生塞翁が馬」という諺は私の中で真実味を帯びてきます。

「塞翁が馬」とは、一見悪いように思われることが翻って幸運なことに変わったり、一見幸運に見えることが不愉快なことに展開したりするのが人生なので、日々起こる様々な出来事に一喜一憂する必要はないという意味です。

 

今日のタイトルに近づいてきました!

「信頼」についてです。

 

最近気付いたことがありました。

 

私の人生は計画外のことで、私の想像以上にうまく構成されているのではないか?

私が頭で考えて悩んで恨んで、理不尽だ!と嘆きながら行った努力は、結局、実らなかったのではないか?

私が強くやりたいと願い、理由や意味や目的をうまく説明できなくても熱心に努力したことからは、よい結果が出たのではないか?

 

このような気づきは、自分で気づいたというより、何かがささやいて教えてくれるような感覚です。

 

私の頭脳で推し量り、計画してがんばった事には正解が少なかった。

私の頭脳は本当の意味は到底判断できていない。

多分そうだ!

 

きっと、宇宙の流れを信頼したした方がもっとうまく展開するのだろう。

壮大な宇宙の流れにすっぽりと包まれていこう。もがくのはやめよう。

宇宙は私をこよなく愛している。大丈夫だ。

 

よくできた感動する映画やドラマなどは、予想外の展開の果てにある成功物語や、予想し得ない共時性に驚愕したり、感動したりなど、人智を超える何ものかの表現に他ならないように思えます。

よくできた感動ストーリーは、誰一人の例外なく、私たちの目の前に起こっているのだと思います。

 

だから悩める娘に言うのです。

「起きているすべてのことを、これで一番うまくいっていると信じなさい」と。

 

私のちっぽけで姑息な頭脳の判断よりも、ずっと正解率の高いのが、「宇宙の流れ」です。

「信頼」ということは本当に大切だと思います。

 

またぜひこのブログへ遊びにいらしてくださいね。

立川市 ピアノ教室ソラージュ