· 

闘うのか、それとも、癒やすのか。

今日は月曜日。

ここ最近の私にとってブログ更新の月曜日です。

今日もこのページを読んでくださる方に心から感謝いたします。

しみじみしみじみ・・・・。

 

秋が深まってきました。

新しい年が近づいてきていますね。

年明けは一年の目標をブログに書いておりまして、去年も今年も、内容は同じでした。

「今この瞬間を、明るい気持ちで過ごすこと」

これでした。

 

大分、定着してきたように感じていて、来年は少し趣向を変えてみようと思っています。

「気持ち」ではなくて「具体的な行動」を目標にしてみよう!と。

 

この秋口から、ピアノ教室の方針について色々と考えて、いわゆる「悩んで」きました。

今日のブログタイトルになっている「闘うのか、それとも、癒やすのか」という内容は、

その悩みの果てに自覚するようになったことです。

ピアノを弾くことが、自分自身の実力や価値を披露する「闘い」になることを、私は嫌っていたということに気づきました。

逆に、ピアノを弾いて、音楽の愛を受けて「癒やされる」ことを強く願っていたのだということにも気づきました。

 

この二週間のうちに、友人のピアノ教室の二つの発表会を聴かせていただきました。

キーシンのリサイタルもありました。

合計35人ほどのパフォーマンスを聴いたわけです。

それぞれに真剣なチャレンジがあり、ほとんどは「闘い」であることが多かったのでした。

闘いは、面白いですよね。

昔、十代の頃は私も闘いが大好きでしたから。

ピアノで、目一杯、闘っていた。

若い時代は、私の重視しているような「音楽から楽しみを受け取ること」や「音楽でリラックスすること」は、なかなか達成するのは難しいのかもしれません。

未熟なうちは、あまり興味がないのかもしれません。

 

「音楽の醍醐味は、愛であり、癒やしであり、、、」というスタンスの私は、上達の遅い生徒さんにじっくりと付き合うことができます。

それはそれとして素晴らしいことだと思いますが、チャレンジを好む生徒さんには、闘うピアノを提案して行かなければならないなぁとも感じます。

コンクールへの挑戦とか。

難しい曲を弾くプレッシャーとか。

 

出来るのか、出来ないのか!

この曲を弾けるようになるのか、ならないのか!

コンクールで予選を通ることができるか、できないのか!

自分の実力を確認したい!

自分の価値を確認したい!

 

かつての私がそれを楽しんだように、そういう闘いをすることも人生の一つの場面として有りだと割り切って行こうと思います。

 

美しい音楽は人に愛を注ぎます。

愛は、自分が受けて、味わい尽くした後、他人へとあふれていきます。

本当に大切なことは、自分自身が音楽の愛に満たされていることです。

でも、そこに至るまでの過程には、闘いがあってもいいのかなと、そんなことを思う今日この頃です。

 

またこのブログへいらしてくださることを願いつつ・・・・

 

立川市 ピアノ教室ソラージュ