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本気でやりたいことを探すのは、難しい。

こんにちは。

今日もこのブログへお越しくださり、ありがとうございます。

 

12月も半ばを迎えてしまいましたが、その割には例年よりのんびり過ごしています。

最近、コロナのつかの間の(?)落ち着きを利用して、親しい旧友と会う機会を得ています。

先週は私が大学の同期3人と、夫も気の置けない旧友3人と、美味しくも懐かしい会合を開いてきました。

 

旧友という存在の何がありがたいかって、お互いのかっこ悪さ、至らなさを知りながらも、それぞれの頑張りと誠意とを

知っており、認め合えているという安心感かなぁと思います。

(厳密には、古い友達でなくとも、最近出逢っても一瞬のうちにお互い信頼し合うことはありますけれど!)

何十年と重ねた交友関係はお互いにとって大切なものに違いない!

このように思えることは、何にも代えがたい価値がありますね。

 

そして、深い信頼関係のもとに弱音を吐くことがあります。

「私はこれでいいだろうか?」

という漠然とした不安は、生涯拭い去れないものなのかなぁと感じています。

主人の友人たちは、こんなことが話題にのぼったそうです。

「もし、今の仕事をしなかったとしたら、何がしたかった?」

男性は特に、家族を養わなければならないという重責を負うことになるので、自分のやりたいことよりも、安定した収入を

求められるので、いっそのこと「本気でやってみたいこと」は忘却してしまったほうが生きやすいかもしれません。

子供も大きくなりつつあり、自分の体の老化現象を自覚するようになると、そろそろ自分の仕上げの仕事を考え始めます。

 

主人の親友の一人がこんなことを言ったそうです。

「新しく物を開発するのではなく、古い物で、壊れてしまったものを直したい。修理する仕事がしたい。」

 

現実にそんな仕事があるかどうかはともかくとして、良いことを言うなぁ!と心が温かくなりました。

私にも、少しだけ似たところがあります。

もし縁があったらやってみたかったことは、不要品のリサイクルです。ありとあらゆる、用済みになった物を、

斬新なアイディアをもって作り替えて、新しく価値あるものに変えられたらすごく嬉しいだろうなぁと思います。

 

同居の母から聞いたばかりの話ですが、古着を作り替えて素敵な、個性的な衣類に変身させてしまうという

ユニークな仕事をしている人がテレビで紹介されていたそうです。素敵だなぁと思いました。

 

日本はすでにハイテク分野で世界から遅れをとっているという話ですが、もしかしたら、ハイテクの向かっている先に

憧れを抱けないのかもしれませんね。

私の兄は長年液晶開発に携わっていましたが、仕事に夢を描けないといつも言い続けていました。

 

人は憧れに向かって動くときに自分以上のものになる。自分を超えると思っています。

大地から湧いているようなエネルギーの流れに乗って仕事をしたいものだと感じます。

 

そのエネルギーをどう探し当てるか。

 

それぞれの中にしか答えがないし、探すのも簡単ではないだろうと思います。

私の子供も、おそらく今、自分が何をしに生まれてきたのかと探している最中であろうと思っています。

私が出来る手伝いの一つは、少なくとも親からの期待という圧力をかけないこと!と肝に銘じています。

親のためでもなく、世間体のためでもなく、立身出世のため(古い?)でもなく、自分の内側からの情熱に沿って

生きられるようにと切に願っています。

ピアノの生徒さんたちにも同じことを思います。

ピアノを弾くとき、無心になってほしい。空っぽの心でいてほしい。

その無心さが、自分の内部から湧き出でる泉を探すヒントなるように!と願っています。

 

我ら、おじさんやおばさんの時代は、なかなかそういうことが出来なかったかなという反省のもとに。

 

新しい人たちの、それぞれに植え付けられた種が発芽しますように。

 

おばさんも、体が動く限りがんばるよ~!

実はこのところ、凄く、申し訳ないくらい楽しく、ピアノを弾きまくっています。

 

今日はこんなところで。

どうぞまた、来週の月曜日に更新しますので、遊びにいらしてくださいね。

 

立川市 ソラージュソラージュ